更新日 2011.09.01

IFRSはどこへいくのか?

第6回 国際会計基準の特質(4)

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神奈川大学経済学部教授
英国国立ウェールズ大学経営大学院日本校(MBA)教授
田中 弘

実態のわからないIFRS適用国

 IASBには、110カ国で採用・許容されているIAS・IFRSが、実務において順守されているかどうか、基準が形式的にではなくスピリッツにおいて順守されているかどうか、それを確認する公認会計士がいるかどうか、監査のレベルはどの程度か、順守しなかったときのペナルティがあるかどうか、そのペナルティは企業だけか会計士にも課されるのか、どれ一つとして確認した形跡がありません。そうした重要なことをするスタッフも資金もないようです。

世界の172か国・地区のIFRS採用状況(上場会社)
IFRS適用を認めない 33か国・地区
IFRSの適用を認める 25か国・地区
一部の企業に強制適用 5か国・地区
すべての企業に強制適用 90か国・地区
(EU/EEA加盟30か国、豪州、NZ、香港など、自国基準化した国を含む)

 IASBは、そうした意味では「裸の王様」と言ってよいでしょう。110カ国もの国々が「賛成」の手を挙げているが、「賛成のふりをしておこう」「IFRSは反対する理由もない」「(会計情報に過ぎない)連結財務諸表だけに適用する基準なら自国の経済実態には影響はない」・・・といった国々から、今はIASBに負けたふりをして、そのうちにIASBを乗っ取る気のアメリカまで、いろいろあります。

 書かれている基準のとおりに実務が行なわれるかどうかは、実はIFRSの命運を左右するほどの大問題です。しかし、これが表面化することはほとんどありません。なぜなら、各国の書かれている基準と純粋IFRSとの違いは両者を見比べるだけで誰にでもすぐわかるのですが、実務が基準の通りに行われているかどうかを検証することは極めて困難だからです。

 各国における会計実務の実態が表面化していないからこそ、110カ国もの国でIFRSを「(なんらかの形で)採用」していると喧伝できるのかも知れないのです。もしかして各国の実態を調査して「実際には使っていない国」「自国流に適用している国」「会計士による監査が行われていない国」「自国語への翻訳すら出版されていない国」「上場会社のない国」「連結するだけの企業集団のない国」・・・がぞろぞろ出てきたら、IASBとIFRSへの信頼は一気に地に落ちるかも知れません。だからといっては語弊があるかもしれませんが、IASBは各国の実情をまったく調査していません。

 多くの国がIFRSを採用・許容するのは、こうした原則主義の「自由度の高さ」にあるのではないでしょうか。経理の自由度が高まれば、各企業は、企業が置かれた実態にそぐわない細かなルールに縛られることなく、自らが置かれた状況に合わせた決算と財務報告ができるようになります。その反面、「原則主義」と「離脱規定」を悪用した、必ずしも適切とは言い難い、むしろグレーといえるような決算・報告が行われる可能性が高まる危険性もあるようです。

 いまのIFRSは、各国の会計慣行も会計実務のレベルも監査の実態も知らずに、ただただ、IASBのメンバーが考える「単一で高品質」な基準を目指しています。

 しかし、そうしたアプローチは、「世界最速」のスポーツカーを開発するのとよく似ているのではないでしょうか。どれだけ高性能の車を開発しようとも、その車を走行させることができるのは、高速道路を持った国だけであり、主たる交通手段が自転車とかバイクの国では走らせることもできません。

 IFRSは多くの国にとって「路地裏のスポーツカー」かもしれないのです。高品質といわれても、それを享受するだけの体制が整っていない国がたくさんあるのではないでしょうか。

会計基準が国を護る

 会計基準は、その国の国益や産業振興に資するかどうかで内容が変わります。特に英米では、「会計は政治」という認識から、国益を守る会計基準、 産業振興に資する会計基準を定める傾向があります。

 会計基準には、そうした国益や産業振興に資する力があるということは、国際会計基準にもどこかの国の国益や産業振興に役立ったり、逆に、どこかの国の国益や産業振興を妨げる力もあるということです。自国の国益や産業振興に資すること、ときには、他国の国益や産業振興の邪魔をすること、これが会計基準のもう1つの役割なのです。

 米国のブッシュ前大統領が議会で自国の会計基準を問題にして演説するのも、フランスのシラク前大統領やサルコジ大統領が特定の国際会計基準を問題視するのも、会計基準のあり方によって自国(自分)が有利になるように、不利にならないように画策しているのです。

 その点、わが国の基準設定主体は、金融庁にそうした国益・国策・産業振興の意識が希薄なことや、基準の設定を会計学者や会計士がリードしてきたこともあって、「会計的な正しさ」をものさしとして基準の設定作業をしてきたといえるでしょう。それが間違いだというつもりはありませんが、国際社会の常識から少し外れていたことは否めないのではないでしょうか。

米国議会・議員の政治的介入

 「誰が会計基準を決めるのか」という話をするときに、避けて通れないのがアメリカの議員の政治力です。生臭い話になりますが、アメリカで会計基準を実質的に支配してきたのはSECでもなくFASBでもなく、議会・議員だといわれています。

 アメリカの政治家にとって会計規制は金づるだといわれています。「会計士業界の規制」や「企業の会計規制」を強化するぞというポーズを取るだけで政治資金が手に入るというのです。長年にわたり、会計・監査業界や産業界から甘い汁をたっぷり吸わせてもらってきた議員が、果たしてそう簡単に会計基準設定の権限を放棄して、自らの支配力が及ばないIASBに任せることができるでしょうか。

当コラムの内容は2011年6月に開催した「TKC IFRSフォーラム2011.6」の参考資料の内容を掲載しています。

参考文献

田中 弘『国際会計基準はどこへ行くのか―足踏みする米国,不協和音の欧州,先走る日本』時事通信社,2010年
田中 弘『複眼思考の会計学―国際会計基準は誰のものか』税務経理協会,2011年
田中 弘『不思議の国の会計学―アメリカと日本』税務経理協会,2004年
田中 弘編著『わしづかみ 国際会計基準を学ぶ』税務経理協会,2011年

筆者紹介

田中 弘(たなか ひろし)
神奈川大学経済学部教授
英国国立ウェールズ大学経営大学院日本校(MBA)教授

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