更新日 2021.04.19

棚卸資産の販売収益の計上時期の検証

第5回(最終回) 法人税法22条の2第1項及び第2項の検証

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株式会社TKC 顧問 税理士 朝長英樹

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税理士 朝長 英樹

法人税法における収益の計上時期に関する解釈を述べるものにおいては、棚卸資産の販売収益の計上時期について争われた平成5年11月25日の最高裁判所の判決の解釈が多く引用されています。
本コラムでは、平成5年最高裁判決の一審判決と二審判決を含めて3つの判決のそれぞれの収益の計上時期に関する解釈を確認し、平成5年最高裁判決における収益の計上時期に関する解釈が正しいとは言い難いものであることを具体的に示します。さらに、平成30年度税制改正によって新たに制定された収益の計上時期に関する定めである法人税法22条の2第1項及び第2項の検証も行い、同改正以後における棚卸資産の販売収益の計上時期の解釈の課題について考察します。

1.収益の計上時期に関しては、「実現主義」や「権利確定主義」は採られておらず、「「帰属主義」とも言い得るもの」が採られているということが理解されていない

 第2回の3において述べたとおり、法人税法22条2項においては、収益の計上時期に関し、「実現主義」や「権利確定主義」は採らないこととして、「「帰属主義」とも言い得るもの」を採ることとされています。
 しかし、昭和40年に法人税法22条2項が制定されてから半世紀が過ぎた現在に至っても、依然として、これが正しく理解されていません。
 このため、収益の計上時期が争いとなった税務訴訟における判決や収益の計上時期に関する解説の中に、平成5年最高裁判決の誤った解釈が何度も繰り返し引用されるという事態が延々と続いているわけです。
 何故、このような事態が長期にわたって続くこととなったのかということを考えてみると、一つだけはっきりと言えることがあると考えます。
 それは何かというと、法人税法22条2項においては、収益の計上時期に関し、「実現主義」や「権利確定主義」は採らないこととして、「「帰属主義」とも言い得るもの」を採ることとされている、ということについて、具体的に証拠を示して説得力のある説明をしたものがなかった、ということです。
 第2回の3の記述は、収益の計上時期に関する立法論や解釈論として自説を述べたというものではなく、具体的な証拠に基づいて客観的な事実を述べたものです。その「具体的な証拠」というものも、過去の判決や〇〇先生の見解などというような二次資料の証拠ではなく、実際に法人税法22条2項等の立法過程において作られた一次資料の証拠です(注12)。

(注12)「論文」と称するものの中には、〇〇先生曰く・・・と始めて数多くの見解や判決を並べたものが優れたものであるかの如く勘違いしているものが少なからずあるように見受けられますが、収益の計上時期に関する論文に関しては、特にその傾向が強いように感じられます。

 筆者としては、今後、収益の計上時期が争いとなった税務訴訟や収益の計上時期に関する解説において、正しい解釈が主張されるようになることを期待したいと思います。

2.棚卸資産の販売収益の計上時期に関しては、「基準」が引渡基準となることに全く疑義がないことから、そもそも「主義」を語る意義はない、ということが理解されていない

 第3回の6(3)及び(6)において述べたとおり、棚卸資産の販売収益の計上時期に関しては、具体的な判断の拠り所となる「基準」が過去から一貫して引渡基準とされてきており、それに疑義は全くありません。
 このため、法人税法の条文の解釈と適用を判断する場面で、棚卸資産の販売収益の計上時期に関して、どのような「主義」を採っているのかということを語る意義は、ありません。
 つまり、棚卸資産の販売収益の計上時期に関しては、そもそも、「ある収益をどの事業年度に計上すべきかは、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従うべきであり」などと言う必要は全くなく、「これによれば、収益は、その実現があった時、すなわち、その収入すべき権利が確定したときの属する年度の益金に計上すべきものと考えられる。」などと言う必要も全くない、ということです。
 しかし、棚卸資産の販売収益の計上時期に関しては、どのような「主義」を採っているのかということを語る意義がない、ということは、法人税の税務に携わっている殆どの者に、正しく理解されていません。
 筆者は、その主たる原因となっているのは、平成5年最高裁判決であると考えています。

3.我が国の税務訴訟においては、先例の解釈の適否を検討することなくただ先例の解釈に従うだけということが繰り返されるため、いつまで経っても誤った解釈が是正されないということがある

 税法の条文に関しても、他の法の条文と同様に、その解釈の最終的な権限は、裁判官が持っており、司法解釈が税法の条文の最終的な解釈ということになり、それに基づいて、国も納税者も税額の計算を行うこととなります。
 このため、裁判官が税法の条文をどのように解釈するのかということは、非常に重要となります。
 しかし、果たして、我が国の裁判官は、税法の条文の解釈の専門家と言える状況にあるのでしょうか。
 アメリカやドイツには、税務訴訟を専門に扱う租税裁判所がありますので、そこで税務訴訟に携る裁判官の多くは、名実ともに税法の解釈の専門家と言い得る状況にあると考えられますが、我が国には、そのような裁判所は、存在しません。
 我が国においては、税務訴訟における納税者の勝訴率は10%程度に止まっていますが、アメリカにおいては、税務訴訟における納税者の勝訴率は5割程度はあると聞くところです。
 我が国は、アメリカのように訴訟社会というわけではありませんし、我が国の納税者は、余程のことがなければ、国を相手に訴訟を起こすというようなことはしませんので、我が国の税務訴訟における納税者の勝訴率の低さは、明らかに異常と言わざるを得ません。
 我が国の税務訴訟がこのような事態となってしまっている原因の一つは、裁判官が税法と税務の専門性の高さに十分に対応できていない、ということであると考えられます。
 また、我が国の税務訴訟がこのような事態となってしまっているもう一つの原因として、裁判官の行政官化があるように思われます。
 実際に、税務訴訟に携ってみると、裁判官は中立の立場に立っているのではなく、明らかに国寄りの立場に立っていると感ずることが少なくありません(注13)。

(注13)筆者も、国税職員であった頃は、裁判官が国寄りであることは、大きな安心材料であって、良いことだと感じていましたが、立場が変わって、税理士として、納税者側に立ってみると、やはり裁判官には本来の在り方どおりに中立の立場に立ってもらわないと困ると実感するところです。

 税務訴訟を行ったことのある納税者や税務訴訟に携る弁護士・税理士の殆どは、裁判官が国寄りだと感じたことがあるはずです。
 このように、裁判官が税法と税務の専門性の高さに十分に対応することができていないことや裁判官が行政官化していることなどが我が国の税務訴訟における納税者の勝訴率の低さの原因となっていると思われます。また、納税者が敗訴する場合の判決を見てみると、税法の解釈は先例に倣っただけというものが多く見受けられます。
 つまり、先例の解釈の適否を検討することなく、ただ先例の解釈に従っただけの解釈を示し、国を勝たせるというものが非常に多い、ということです(注14)。

(注14)我が国の民事訴訟に関する文献には、我が国においては最高裁の判決に従うだけで説得力のない判決が多すぎるという指摘をしているものが見受けられます。
 また、民事訴訟の当事者には、「結果の有利さ」よりも「理由納得度」が強い影響を与え、民事訴訟の当事者は、「訴訟結果の理由付け」に強く納得できると、結果を受け入れやすく、納得しやすくなる(今在景子「当事者は訴訟の結果をどのように評価するのか」『利用者が求める民事訴訟の実践』224頁、日本評論社、2010年)という調査結果もあります。
 このような民事訴訟の状況に鑑みると、筆者は、税務訴訟においても、裁判官には、先例に唯々諾々と従って判決を下すのではなく、「理由納得度」や「訴訟結果の理由付け」を最優先に考えて判決を下すようにしてもらうべきである、と考えます。
 そのようにしてもらえれば、平成5年最高裁判決の誤った解釈がいつまで経っても延々と繰り返し引用されるなどというようなことにはならないはずです。

 このようなものは、納税者側においては、如何ともしがたいわけですが、そうであるとしても、裁判官に課題があるということは、事実として、指摘しておく必要があると考えています。

4.法人税法22条の2第1項又は第2項の適用を争う事件が出てきた場合、そこで、収益の計上時期について、これらの規定を解釈して判断をするのか、あるいは、平成5年最高裁判決の解釈を用いて判断をするのかにより、平成5年最高裁判決の誤った解釈を延々と繰り返し引用する流れを断ち切ることができるのか否かが決まる

 第4回の1において述べたとおり、収益の計上時期に関しては、法人税法22条2項と同法22条の2第1・2項とのいずれを適用するのかという問題が残ったままとなってはいるわけですが、第4回の2及び3において述べたとおり、同法22条の2第1・2項に収益の計上時期を判断する「基準」が定められたことは、間違いありませんので、これらの規定を適用するというケースが出てきたときには、「〇〇主義を採っている」とか「〇〇主義は採っていない」などと言う必要がなく、単にこれらの規定の文言がどのような意味のものであるのかと解釈するだけでよい、ということになります。
 平成5年最高裁判決の誤った解釈を延々と繰り返し引用するという流れを断ち切るためには、法人税法22条の2第1・2項が問題のある規定であったとしても、これらの規定が初めて適用される事件を契機とし、その事件において、平成5年最高裁判決の誤った解釈を引用せずに素直にこれらの規定の文言の解釈を述べることとすることが重要となると考えられます。
 筆者は、現時点では、平成30年度税制改正以後、収益の計上時期の解釈に関して、争訟となった事件を把握していませんが、同改正によって新たに制定された法人税法22条の2の適用を争う事件が出てきた場合、そこで収益の計上時期の解釈がどのようなものと判断されるのかということに注目したいと考えています。

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税理士 朝長 英樹(ともなが ひでき)

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